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更新日:2024年09月10日
「ギッフェン」という用語は、経済学において特有の消費者行動を説明するために使われる概念で、特に「ギッフェン財(Giffen good)」として知られています。この概念はロバート・ギッフェン(Robert Giffen)という19世紀のイギリスの経済学者にちなんで命名されました。ギッフェン財は、一般的な需要の法則に反する特異な需要特性を持つ財を指します。通常、財の価格が上昇すると需要量は減少し、価格が低下すると需要量は増加するとされていますが、ギッフェン財はこの法則が逆転し、価格が上昇すると需要が増加するという現象が観察されます。ギッフェン財の存在は経済学の教科書でも希少なものとされ、この特異な現象が成立する背景にはいくつかの条件があります。まず、ギッフェン財は通常、低所得者層が日常的に購入する必需品であることが多いです。例えば、米やパンなどの基本的な食料品がその典型です。これらの財は、消費者がそれに代わる適切な代替財を持たない場合にギッフェン財として機能することがあります。また、ギッフェン財は家計の支出の中で大きな割合を占める財で、その結果、価格の変動が家計全体に大きな影響を及ぼします。価格が上昇する際には、他の財を削ってでもこの財の消費を維持することが観察されます。さらに、通常、価格が上昇すると消費者はその財を他の財に代替しようとしますが、ギッフェン財の場合は所得効果が支配的になります。価格の上昇が所得の実質的な減少と同様の効果を持つため、消費者は他の消費を削減し、ギッフェン財をますます購入する結果となります。
9世紀のアイルランドのジャガイモ飢饉がギッフェン財の典型的な例としてよく引き合いに出されます。ジャガイモは貧困層にとって主要な食料であり、米や肉など他の食材に比べて非常に安価でした。ジャガイモの価格が上昇する際には、代替食材の購入が困難であり、人々は他の食材の消費を減らし、より多くのジャガイモを購入することで飢えをしのごうとしたのです。しかし、現代においてギッフェン財の実例を見つけることは非常に難しいです。多くの場合、価格の上昇とともに需要が減少する一般的なパターンが観測されるため、ギッフェン財は教育経済学の概念として主に利用され、実際の経済政策において直接的な応用例は少ないとされています。一方で、ギッフェン財とよく比較される概念に「ヴェブレン財(Veblen good)」があります。ヴェブレン財は、価格が上昇することでその財の需要が増加する現象を指し、特に高級品やステータスシンボルとして機能する財に見られます。例えば、高級時計やブランド品がその典型です。この場合、価格の上昇はその商品の希少性やステータス価値を増加させ、結果として需要も増加します。対照的に、ギッフェン財は基本的に所得効果が主な要因であり、代替財の不足や消費者の必需的なニーズによるものです。このように、価格の上昇と需要の増加という表面上の現象は同じでも、その背後にあるメカニズムは大きく異なります。
ギッフェン財の存在を理解しようとする試みは、経済学者の間で長い間議論されてきました。理論的には存在が確立されていますが、エンピリカル(実証的)な証拠を見つけることは困難です。現代の研究では、フィールド実験やラボ実験が行われ、例えばチャオ・ウィスコンシン大学のジャフリー・ケロン教授らが、中国の貧困地域での政策実験を実施し、ギッフェン財の存在を示唆するデータを得たことが報告されています。この研究では、主要な食料品である米や小麦の価格変動が、特定の低所得層の消費行動にどのような影響を与えるかを観察し、価格が上昇する状況下でも消費が減少する代わりに増加するという特異なパターンが確認されました。ギッフェン財の存在は、経済政策、特に価格統制政策や補助金政策において重要な意義を持ちます。一般には、価格を低く設定することで需要を抑制し、生活コストを抑えることが期待されますが、ギッフェン財の特性を理解することで、逆効果のリスクを評価することができます。例えば、価格上昇を避けるための補助金政策が実施される場合、その補助金がギッフェン財に当たる状況下では、消費者の購買行動が予期しない方向に動く可能性があります。このようなケースでは、慎重な政策設計が求められるでしょう。ギッフェン財という概念は、経済学における消費者行動の多様性と複雑性を理解するための重要なツールです。一般的な需要の法則から外れた行動が観察されるという点で、それが存在する条件や影響を検討することは、経済理論の深化に寄与します。そして、政策立案においても、その特性を十分に理解することで、より効果的で適切な対策を講じることが可能となります。現代においても、特定の条件下でギッフェン財が存在する可能性は否定できません。したがって、経済学者が引き続きこの分野に焦点を当て、実証研究を進めることで、さらなる理解が深まることが期待されます。