ワルラス的不安定

更新日:2024年10月10日

ワルラスの一般均衡理論と不安定の概念

「ワルラス的不安定」という概念は、19世紀のフランスの経済学者レオン・ワルラスによって初めて体系化された一般均衡モデルに由来する。このモデルにおける均衡状態の安定性、不安定性の問題は、経済学の理論的および実証的な分析において重要なテーマである。ワルラスの一般均衡モデルは、すべての市場において同時に需要と供給が一致する均衡状態を記述するもので、価格調整メカニズムが働き、需要と供給が一致するまで価格が調整されると仮定されている。ワルラス法則によれば、n個の市場が存在する場合、n-1個の市場が均衡に達すれば、残り1つの市場も自動的に均衡に達する。この法則は、予想される余剰需要の総和が常にゼロであることを示している。ワルラスのモデルの中核にあるのはこの一般均衡の考え方であり、価格が時間とともに変化しつつ均衡に収束するプロセスとして描かれている。「ワルラス的不安定」とは、ワルラスの一般均衡モデルが必ずしも現実の市場で安定した均衡に到達しない可能性を示す概念であり、具体的には価格調整メカニズムが働いても、必ずしもすべての市場が同時に均衡に達しない、あるいは一部の市場が均衡を保てない状態を指す。経済学における安定性とは、対象となる均衡が外部からのショックに対して回復力を持つかどうかを意味する。もし価格がわずかに変動してもすぐに元の均衡に戻るのであれば、それは安定な均衡である。しかし、価格が変動し続け、一定の均衡状態に収束しないのであれば、それは不安定な均衡である。

ワルラス的不安定の具体例と歴史的背景

ワルラス的不安定を理解するために、例えば労働市場と資本市場が存在する経済を考える。労働市場での賃金と資本市場での利率が調整されているとする。労働市場での供給が増加すると賃金が下がり、それに伴って消費者の購買力も変化する。一方で、資本市場では投資の需要が変わることで利率が変動する。これら二つの市場が相互に影響を及ぼし合うため、片方の市場での調整メカニズムがもう片方の市場にフィードバックされ、終わりなき価格の調整が繰り返されることもありえる。このような状況が「ワルラス的不安定」に該当する。「ワルラス的不安定」は、20世紀中頃から1980年代にかけて多くの経済学者たちによって取り上げられ、そのモデルの安定性に関する研究が進められてきた。特に、ジョン・メイナード・ケインズの影響を受けた新古典派経済学者たちは、ワルラスの一般均衡モデルが現実経済における政策効果を測るための不十分な枠組みと指摘してきた。19世紀のフランスの政治経済学者ジャン=バティスト・セイの「セイの法則」は、「供給は自らの需要を創造する」というもので、ワルラスの一般均衡理論の背景にある。セイの法則が成り立つ場合、すべての市場が自然に均衡に達するはずだが、現実の経済ではこれが必ずしも成立しない事例が多数存在する。ワルラス的不安定の概念は、まさにこの現実との乖離を示すものである。このように、ワルラスの一般均衡理論は現実の市場におけるすべての調整を完全に説明しきれない場合がある。

経済政策への影響と結論

ワルラスの不安定は、経済政策にも大きな影響を与える。特に、自由市場経済の前提となる価格メカニズムが自動的に最適な資源配分を保証しない場合、その前提から逸脱する経済政策が必要となる。例えば、中央銀行の金融政策は、金利の調整を通じて経済全体のバランスを図るものであるが、ワルラス的不安定が存在する場合、単純な金利調整では解決できない複雑な問題が発生する可能性がある。同様に、政府の財政政策も公共投資や税制改革などを通じて需要を刺激しようとするが、これが逆に市場の不安定性を増大させる危険性もある。また、特定の市場に対する規制や監督が求められることもある。例えば、金融市場における不安定性が他の市場にも波及するといった現象が見られる場合、政府や規制当局はその影響を最小限に抑えるための措置を取る必要がある。最終的に「ワルラス的不安定」という概念は、ワルラスの一般均衡理論に基づく経済モデルが現実の市場における価格調整メカニズムを完全には説明し得ない場合に出てくる問題を指し示すものである。この概念は、経済政策の策定や市場の監督、さらに理論的なモデルに対する批判的検討にとって重要なものとなっている。経済学者や政策立案者は、この不安定性を認識し、適切な対応策を講じることが求められる。